安定した走行と摩擦の密接な関係
地球上では、人のからだや乗り物を地面に押し付ける重力が作用しています。静止した状態ではこの重力のみが作用していますが、ある方向へ力を加えて動きだそうとするとき、その力が静止状態を維持する力よりも大きくなると、人やその物体は移動を開始します。
静止状態が維持されるとき、接触面 (たとえば足の裏と地面やタイヤ面と路面)に働く力を静止摩擦力、移動する状態が維持されるときに接触面に生じる力を動摩擦力とよびます。
私たちは、普段の生活のなかで、意識することなくこれらの摩擦の力を利用しています。たとえば、道を歩き、車いすを使い、自動車・バイク・自転車を走らせることが可能なのも、そこに重力と摩擦力が作用しているからです。
自動車を例に考えてみましょう。
止まっているクルマのタイヤと路面との間に生じている静止摩擦力によって、クルマはその場にとどまっています。もし摩擦力がなければ、微妙な地形の傾きと重力によって、クルマは低い方へと動いていってしまいます。次にクルマを動かすときは、エンジンで発生した動力がタイヤに伝えられ、その回転の動力がタイヤと路面の間に生じている静止摩擦力を超えると進行方向へ動きだすことになります。
動きだしたクルマは、回転しているタイヤと路面の間に生じている動摩擦力によって移動し続けることができ、ブレーキがかけられ回転速度が低下すると動き続けようとする力 (動摩擦力) が小さくなり減速し、やがて停止します。
この「静止→発進→走行→停止」という一連の動きがスムーズに行われるためには、適度な摩擦力の存在が必要不可欠になります。
もし、路面の摩擦力がきわめて小さければ、発進時にタイヤが空転してしまうのはもちろん、停止時には停止に必要な距離が長くなってしまいます。この状況は、雨で濡れた路面や低温で凍結した路面での発進・停止を想像すればお分かりいただけると思います。(実際にクルマが走行する際には曲がるという動作も加わりさらに複雑な動摩擦力が関連してきます。また、停止距離はクルマの速度も関連してきますが、長くなるのでここでは割愛します。)
安定した走行と動摩擦
クルマが道路上を安定して走行する際に必要な動摩擦力を得るには、タイヤ面と路面双方の状況が関わってきます。つまり、安定した走行に必要な動摩擦力を得るためには、タイヤ面と路面双方に適切な状態の接触面が必要になるということです。
それでは、路面が適切な動摩擦力を生む状況にあったとしても、タイヤ面が何らかの理由で適切な動摩擦力を生じない状態であったらどうなるでしょうか。
この場合、双方の間に適切な動摩擦力は生ぜず、前述の発進時の空転や停止距離の延伸につながります。逆にタイヤ面が適切な状態であっても、路面の状況が適切でなければ同様の結果となります。
ここで考えなければいけないことは、この一連の動作(動かす・止める)を行うときに、タイヤ面の状態は私たち道路利用者がコントロール可能(たとえば摩耗したタイヤは交換するなど)ですが、路面については道路管理者に任せるしかないということです。
つまり、私たちがクルマを運転しているとき「走っている路面が適切な動摩擦力を生み出すのに適した状態である」と、完全に信頼しきっているということです。
乾燥した舗装路面であれば、このような信頼のもとに特に路面状況について意識することなく走行するでしょうし、逆に雪の日の路面であれば、全てのドライバーが路面の状況を極度に意識して走行すると思います。
それでは、雨で濡れた舗装路面はどうでしょうか?
多くの方が、晴れた日と変わりなく、特に路面状況を気にせずにクルマを走らせているように思います。実際には、同じ速度で走っていても、雨で濡れた路面は乾燥した路面に比べると、停止に必要な距離は1.5倍から2倍になるといわれています。
停止に必要な距離=制動停止距離は、認知・判断・動作といった人的なものや、クルマの速度、タイヤの状態、路面状況 (乾燥・湿潤・摩耗)など、様々な要素が関係します。人的なこと、クルマの速度、タイヤの状態などは自分たちでコントロール可能なものですが、個人にとってどうしようもないのが路面状況なのです。
これがもし必要とされる状態よりも劣る状態、つまり必要な動摩擦力を生み出せない状態であればどうなるでしょうか?
個人がどれだけ気を付けていても、思っていた距離で止まれない=スリップ=事故の可能性が高くなるということになります。通常の走行速度でクルマを運転するとき、前方を注視しながら同時に路面の状態までを確認することは難しいですし、ましてや路面の摩擦の状況を常に把握することは不可能です。
つまりクルマの安全な走行を確保するには、運転する一人ひとりと道路管理者双方の努力が不可欠であると言えるでしょう。
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